thomsonbrandy.jp 2.0.7(2008-10-18) トムソンブランディ事業部

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古のロマン・城跡探訪記

第15回 大井川に架かる蓬莱橋を渡り、駿河城跡を見学する

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東海道線静岡駅に下車すると駿府城跡は10分程で、県庁裏に公園として保存されていた。この城跡は二度目である(91.9.21)が、最初の時は夕暮れの中城内を横断しただけで、家康像だけが記憶に残っている。
外濠から県庁構内を通り城内へ登城。濠は広く石垣が高い。城内も広大でそちこちの県都に遺る城跡とは規模の違いが一目で分かる。流石大御所として退いた家康が居住した城である。本丸内に入ると内濠も存在していた。鱗郭式城に三重濠を巡らした城は少ない上に見学は初めて。再建された二の丸東門や紅梅の咲く紅葉山庭園を眺めながら、家康像に再会。一富士、二鷹、三なすびと知られるように好きな鷹を手に乗せた像で絶頂期の家康だろう。
彼は、今川氏への人質時代、武田・織田家 滅亡後の駿河併呑時代、そして秀忠へ将軍職を禅譲した後と三度に亘ってここに居城し、元和2(1616)年この地に没したという。当城へ隠居後も、ここで豊臣家壊滅の謀略を練り上げ、諸大名へ密命を発し、大坂冬の陣や夏の陣を勝利に導いて徳川政権を確立して、元和厭武を勝ち取ったのだ。傍にはお手植えとあるミカンの木があった。

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攻めて現在も遺る中濠沿いに一周したい処だが、残念ながら城内を凡そ半周して下城。大手口に建つ県庁ビルが邪魔だと思ったが、戦国期からの歴史を今尚伝える駿府城遺構の前には引き立て役に過ぎず、城址見学に満たされて、静岡駅へと戻った。

駿府城跡見学前に蓬莱橋を訪ねた。
島田駅に下車し、駅の案内図で蓬莱橋を確かめ、大井川縁に出る。橋口の案内所で渡橋料を支払い袂に立つと、川に架かる長い橋が向こう岸へと直線的に続いている。木製では世界一でギネス登載という。凡そ1000m弱で、10分程度かなと読み、Aさんと渡橋を開始する。川風をまともに受けて、寒い上に、時々は飛ばされそうになりながら、前進を続ける。

川幅は広く未だ流れは先だ。ようやく清流を真下に眺める位置を過ぎる。左手には冨士が姿を現している。先程田子の浦通過の際、車窓からも見えたが、雪が少ないようで、頂上から黒筋が走り、真白にぞではなかった。

渡り返すと、風はアゲインストで歩きにくいが橋口に戻り、正規の長さは897mと知る。
明治になって難所大井川に架けられた東海道を繋ぐ橋と思っていたが、そうではなく、農作業や生活道路として対岸牧之原へ渡る橋であったようだ。
                                           (2010/2/6歩く)