thomsonbrandy.jp 2.0.7(2008-10-18) トムソンブランディ事業部

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古のロマン・城跡探訪記

第13回 熱海からの帰途石垣山に一夜城跡を訪ねる

1996年6月15日、熱海旅行の帰途に、石垣山へ一夜城跡探訪を計画。
早川駅手前に登り口を見付け、歩き始める。
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住宅街を通過し、新幹線の高架を潜って、緩やかな上りの畑道となる。大閤農道と言うらしい。道端に咲く野の花を見ながらゆっくり歩く。

途中標識がなくなり、やや不安だったが、農道終了後左手に進路を採ると、丁度一夜城跡東口下に到着。

城跡内の案内板を見ていたら、管理人がいて、見学ルートを教えて貰い、パンフレットを戴く。左手に回り込むと二の丸跡。公園に整備されている。その先に展望台があり、箱根鉄道等が見えた。
有名な関東のツレションの場所かと想像したが、何の案内もなく、その場所は最後まで不明。

狭い階段を下りて、井戸曲論跡。野面積み石垣に囲まれて往時のままのようで、珍しい。山城での水確保の重要性を物語っている。井戸の底まで下りたら少し水があった。

二の丸跡に戻り、本丸跡、天守台跡に上がる。
本丸跡からは小田原城が見えるというが確認できない。当時は同城以外に高い建物がなくよく見えたのであろう。

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城跡には古木、大木が付き物で、本丸跡にも大木が繁っていたが、大木でも往時を知っているとは思えない。
西曲輪跡、南曲論跡を回って見学を終える。

資料の通り、一夜城とは名ばかりで、規模、曲輪の配置といい立派な戦国時代の城跡。秀吉が造り、同じ前線基地であった肥前・名護屋城跡を思い出した。

箱根鉄道入生田訳に向けて下り始め、早川に出て橋を渡って入生田駅到着。早川駅前から丁度2時間30分であった。

2008年になって再訪した。
早速城内に入る。小田原市内、小田原城を眼下にする一夜城は広い。二の丸、井戸曲輪を経て本丸に上がって、奥の天守台から南曲輪へと下った。
深い井戸曲輪は前回感心した遺構。展望台よりは箱根湯本が直ぐ先に見えた。一夜城跡とは呼ばれるが、80日を要したという。

完成後に小田原城側の樹木を一挙に伐採したため、敵方には一夜に出現した如くに受け取られた。いかにも秀吉らしい演出だろう。1590(天正18)年のことだ。

現在では野面積みの石垣が目に付く程度。畿内から石工集団穴太衆が動員されて積んだもの。花の下やミカン畑の間を早川駅へと下り続ける。眼前には相模灘が広がっていた。
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