第8回 紫禁城から北京市内を巡る
中国を訪問し、上海から北京へ回った。北京では市内巡りの外、紫禁城、現故宮博物館を見学した。城跡としては世界でも最大の城郭で、何時かはと秘めていた。ラッキーにも、事務所の元同僚に案内して貰った。Tさんは達者な中国語を駆使して、一日中紫禁城から天安門、偽物市場、デパートなどを適切に回ってくれた。
紫禁城東華門に着いて早くも圧倒された。高く如何にも堅牢そうな石垣、否、城壁が目の前から左右に長く続いている(資料によれば、南北961m、東西753m、高さ12m、底の厚さ10m)。取り巻く濠は広く深そうだ。江戸城や大阪城も物の比ではない。600年もの間外敵の侵入防ぎ現存するのも頷ける。城内に入って更に驚く。大手門に当たる天安門は左手の大分先という。ラストエンペラーの世界である。朧気な記憶では、軍隊を従えた皇帝の即位式があったと思うが、そのような広場はほんの一画で、内廷を進むに従い大御殿が次々に出現した。
太和殿、中和殿、保和殿と続く。大和殿は修理中。宮殿に施された朱色と黄色は皇帝のみが使用する色という。大勢の見物客に混じって奥へ奥へと進入。左右にも建物があるが、ゆっくりと見ている者はない。カメラと携帯を交互に向けながらTさんの後を追う。各屋根や庇に配された狛犬は皆形が違うらしい。沖縄のシーサーのルーツようだ。規模は違うが首里城も中国風だった。乾清宮は皇帝夫妻の居住用宮殿。両側には后が住み、右側居住者が東大后、左が西太后と呼ばれていたと知る。有名な最後の皇帝溥儀の祖母だけが西太后と呼ばれたのではないようだ。50mもあろうかと思われる一枚岩に刻んだ龍の彫刻を見て、最奥の御殿を抜けると御花園という庭園。その右には人工の岩山があった。
神武門が出口で、入城後1時間が過ぎていた。急ぎ足で駆けめぐったのだが、宝物殿を覗く時間はなかった。台北在故宮博物館ガイドが豪語したように、蒋介石がごっそりと台湾へ持ち出して、こちらの宝物は少ないのかもしれない。城外から濠越しに角楼(日本では「隅櫓」と呼ぶ。)をカメラに収め、天安門広場へと回って貰った。
人民大会議場では重要な会議が開催中で天安門広場には入れない。車窓からはためく赤旗を眺めた。
紅橋市場、秀水市場と回って、偽ブランド品販売の現状を見る。オリンピックを控えて市場は閉鎖され改善されていると聞いていたが、本物に混じって未だに売られているのを目の当たりにした。大量の偽物品を店頭に積み上げて商売している状況ではないが、巧妙になったのかもしれない。
雨の中、北京の古い街並み 胡同(HUTONGS) を通り、時や敵の襲来を知らせたという 北京鼓楼(DRUM&BELLTOWER) に昇った。古い家並みの間にも来年のオリンピックに備えた工事が楼上からも窺えた。
(07/3/4歩く)