thomsonbrandy.jp 2.0.7(2008-10-18) トムソンブランディ事業部

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古のロマン・城跡探訪記

第7回 後楽園を巡り岡山城天主を望む

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四国に旅行する機会を得て、新幹線から岡山駅乗り換えの際、途中下車して岡山城と後楽園を観て回った。
復元された岡山城は久し振りに見た大規模な近世城郭で、57万石の太守に相応しいものであった。

路面電車を降りると、早速民家の間に石垣が出迎えてくれた。天守閣を眺めながら旭川沿いに進み廊下門から登城。月見櫓が直ぐ右に現存し、城内を進んで不明門で本丸に入る。

戦国時代備前の国を制覇した宇喜多直家が築城を開始しその子秀家が1597(慶長2)年に完成させたが、秀家は西軍総大将となった関ヶ原で敗れて、家康に八丈島へ流されてしまった。
逆に小早川秀秋は裏切りの報償として入城するも、狂い死にして断絶となり、その後は池田氏が城主となって明治まで12代続いたという。天守閣内が博物館となって岡山城の歴史を示すパネルや古写真、諸道具等が展示してあった。

月見橋から後楽園を巡る。南門から築山唯心山下を通り、千入の森を抜けて稲荷神社前で左折し、茶畑を眺めながら沢の池の畔に出た。天守閣の眺めが良く望遠でカメラに収めた。
松林を過ぎた鶴鳴館前からの眺望も素晴らしい。
庭園越しに見える山々が借景となり、風景画を見るようであった。
ふと、蓮の生える花葉の池に立ち寄ると先の能舞台から謡曲が流れてきた。
藩主が参勤交代で江戸へ出府するときに使った御舟入跡を最後に、園庭を出て、岡山駅へ戻った。
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岡山後楽園は、池田綱政の時代1700(元禄13)年に完成したという三大庭園の一つであるが、小生の意見では、規模や美しさ、配置、周囲の環境を含めて、水戸の偕楽園や金沢の兼六園を遙かに上回っている。
庭園は緑の時期が最良なのかもしれない。

そんな感想を抱いて瀬戸大橋を渡り、松山へ向かった。





                                   (05/5/28歩く)