第2回 滝山城跡を再訪して古城跡や丘陵を歩く
滝山城跡は二度目である。
ハイキングにのめり込む前には城跡を歩き回っていた。その時に八王子郊外の滝山城跡を訪ねて(93.10.11)、その遺構に目を見張り、広い丘陵に大規模な郭跡が整然と遺っていることに驚いた。
滝山城は、木曾義仲の末裔と伝わる大石氏が、多摩周辺に勢力を得て貞重の代になり、1521(大永元)年に築城したらしい。
北条早雲の関東進出に抵抗はしたものの軍門に下り、1524年頃北条氏照が養子となって取って代わり、拡張した。その後、滝山城は1552(天文21)年には謙信、1569(永禄12)年には信玄に攻撃されるもなんとか凌いだが、武田軍の脅威に備えて、近くに山城八王子城を築いたという。毎年候補のコースになっていたが後回しになっていた。多分アクセスが良くないからであろう。
京王八王子駅からバスに乗り左入 停留所に降りて、国道16号を進むと案内標識を見付けた。指示通りに林に入り小さな階段を上がると丘陵地帯。
古峰ヶ原園地で当地の散歩コースだろう。広い遊歩道を奥へ奥へと行く。先程来鳥のさえずりが聞こえるが、自動車騒音で掻き消されるのが残念。どんぐりを見付けて携帯に収める。雑木林は木楢やクヌギで、武蔵野の面影を残すとある。平らな林の中の道はいつしか城跡へと進入していた。
空濠に架かる橋を渡り虎口に至る。この辺りから前回と重なるはずだが記憶が定かではない。郭跡がそちこちに遺りその間には濠が回されている。深い池址もあって、防御用。広大な城跡には小径や獣道が縦横に巡っていて選んでは歩いているが、余りにも多い。
中央の歩道沿いに進み左折すると土橋であった。二の丸や千畳敷きを覗いて中央へと戻ると中の丸となって、前回と同じ風景に出会う。引き橋を渡って石碑や霞神社が建つ本丸跡。これでも、半分処か三分の一も歩いていないだろう。
本丸と中の丸間の深い壕跡の坂をを下って、城跡を出ると雨がポツリと落ちてきた。
本日の予報では午後は雨という。早立ちして避けたつもりだったが、雨の方が先であった。畑地から多摩川の堤防道となる。未だ夏草が生い茂る中だが、田圃は黄色に染まり始めている。携帯が振動してTさんからの電話、頼んでおいた資料を入手したとの連絡。夏季の宿題紀要原稿が最終段階で、手許に必要な資料がなくメールでお願いしてあった。感謝しつつ、五日市線東あきる野駅へと急いだ。
結局雨には会わずに駅へ到着できたが、拝島駅では雨粒が車窓を打ち始めていた。
(歩いた日:2008年9月4日)